私は公務員として約20年勤めて組織を離れました。
公務員時代の自分の職歴を振り返ると、まるで「7回も転職を経験した」ような感覚が残っています。同じ役所の名札をぶら下げていながら、部署が変わるだけで扱う法律も言葉も別世界だったからです。
私の場合、在職中に1つの部署にいた期間は「2年」が一番多く、どんなに長くても「4年」でした。そのたびに内示が出て、荷物をダンボールに詰めて別の所属へ移動する、というサイクルの繰り返しでした。
公務員という組織は、業務の裾野が本当に広いです。同じ建物でもフロアや部屋が変わるだけで、扱う根拠法令も、専門用語も、窓口に来る住民の方の層もまるで違います。
異動の辞令を1枚手にするたびに、「まったく別の業界へ強制的に転職させられている」ような感覚をずっと抱えていました。
この記事で整理したこと
- 公務員の異動が「数年おきの転職」と言える理由
- 中堅や係長になっても、ゼロから部下に教えを請う現場の消耗
- 65歳定年延長で突きつけられる「残りの異動ガチャ回数」の計算
- 役職定年後の給料減額と、それでも定年まで続くリセットの現実
異動のたびに「別の会社へ転職」するような感覚
公務員の仕事は、外から見ると「楽なルーティンワーク」と思われがちです。ですが、現場の実際はかなり違います。
どれだけ前の部署で専門的な知識を身につけ、業務の流れを把握して周囲から頼りにされるようになっても、異動ひとつでその経験値の多くが白紙に戻ります。
新しい部署に行けば、右も左も分からない状態からの再スタートです。パソコンのシステムの使い方から、机の引き出しに入っている過去の綴り込みの場所、その部署特有のローカルルールまで、何ひとつ分かりません。
特に、中堅職員や係長といった立場になってからの異動は、精神的な負担が跳ね上がります。
立場上は業務の決裁をしたり、上司への説明責任を負ったりしなければならないのに、実務のことはその部署に何年もいる部下や後輩のほうがはるかに詳しいわけです。
見栄を張っている余裕なんてありませんから、年下の部下に「これって過去はどうやって処理してた?」「セオリーだとどんな感じ?などと、教えを請うことになります。
部下側からすれば「係長のくせに何も分かっていない」と思われるかもしれないというプレッシャーを抱えながら、関連法令の逐条解説を読み込み、過去の起案文書をひっくり返す日々が始まります。
ようやくその部署の仕事全体が見渡せるようになり、人間関係も落ち着いて「自分のペースで仕事が回せるようになってきたな」と感じるのは少なくても1年、多くはだいたい2年目の後半あたりでした。
そしてまさにそのタイミングで、また次の異動です。
せっかく築いた知識も信頼関係も現場に置いて、また見知らぬ部署へとダンボールを運ぶ。この「数年おきにゼロからやり直す転職のような異動」は、思っている以上に人間の心身をすり減らしていきます。
65歳定年延長で突きつけられた「残りの回数」
20代や30代前半の頃は、このリセットにもある程度ついていけました。「新しい経験が積める」「別の分野の勉強になる」と、前向きに捉えようとする余力があったからです。
しかし、40代に入って体力の衰えを感じ始め、中間管理職としての責任が重くなってくると、適応にかかるコストが何倍にも跳ね上がります。新しい環境に適応するだけで、心と体のバッテリーが削られていくのを実感していました。
そんな中で始まったのが「公務員の65歳定年延長」でした。
これを知って、私は自分のデスクでふと考えてしまったんです。
| 定年年齢 | 40歳からの残り年数 | 残りの異動ガチャ回数(平均3年周期) |
|---|---|---|
| 旧制度(60歳定年) | 残り約20年 | 約6回 |
| 新制度(65歳定年) | 残り約25年 | 約8回〜10回以上 |
60歳定年であれば、「あと数回耐えればゴールが見える」と思えたかもしれません。ですが、65歳までゴールポストが5年間後ろへ動いたことで、直面する現実が一変しました。
私の体感のように2〜3年周期で異動が続くなら、「あと8回から10回、まったく違う職場へ放り込まれ、一から部下に教えを請いながら仕事を覚え直す生活を繰り返す」という計算になります。
「あと何回、異動ガチャを引かなきゃいけないんだろう」
そう考えると、暗い気持ちになる感覚がありました。定年延長とは、単に働く期間が伸びるだけではなく、「環境リセットに耐え続る回数が増える」ということに他ならなかったからです。
定年までの長い道のりをただ歯を食いしばってやり過ごすことに、私は違和感を持つようになりました。組織の「我慢ゲーム」に気付いた当時の心境については、以下の記事でも詳しく書いています。

役職定年後に待っている現場の現実
定年延長の制度を客観的に見ていくと、もうひとつの現実に行き当たります。それが「役職定年制」です。
原則として60歳を迎えると、管理職や役付の立場から外れ、一般の主査や係員の立場へと戻ることになります。そして法律上、60歳以降の給料はそれまでの約7割程度に減額されます。
多くの自治体では60歳以降は給料は約3割削られ、役職手当もなくなる。その一方で、かつて部下や後輩だった職員が上司になり、同じフロアで指示を受ける立場になります。そして業務の第一線での負担や、数年ごとの異動は65歳まで免除されません。
給料が下がるのは制度として決まっていることなので仕方ありません。しかし、立場が変わり、人間関係の距離感が難しくなった状態で、なおも「2〜3年ごとの異動ガチャ」を引き続けなければならない現実は、精神的に相当な覚悟を求められます。
どれだけ若い頃に身を粉にして働き、組織に尽くしてきたとしても、60歳を過ぎれば「給料7割のベテラン職員」として現場に配置され、新しい部署のルールやシステムを覚え直さなければなりません。
「60歳まで我慢すれば、あとは退職金をもらって逃げ切れる」という昭和や平成の前提は、完全に過去のものになりました。
組織内で負担を減らす手段として「希望降任制度」などを検討する選択肢もありますが、根本的な解決策として頼れるかというと、やはり限界があります。

異動に怯えずに働くための「逃げ道」
異動の周期も、行く先の部署も、定年が65歳まで伸びたことも、一職員の立場ではどうすることもできません。人事に不満を訴えたところで、組織の都合で動いている以上、自分で選べないのが公務員の現実です。
では、定年までの残り20年、10回近いガチャに怯えながら、運を天に任せて耐え続けるしかないのでしょうか。
私はそうは思いませんでした。
組織のルールを変えられないのであれば、「いつどんな異動ガチャを引いても、最悪このレールから降りられる準備」を個人で作るしかありません。
私にとってのその準備が、生活防衛資金を確保し、支出を整え、新NISAなどを活用してコツコツと資産を作ること」でした。
通帳や証券口座の残高が増えていくにつれて、心の中に余白が生まれます。
「もし次の異動で、どうしても心身が持たないような部署に当たったら、病気休暇や休職を使って一度立ち止まればいい」
「それでも無理なら、最悪ここを辞めても家族と暮らしていけるだけのお金はある」
そう本気で思えるようになったとき、毎年の人事異動に対する恐怖心が多少は薄れていくのを感じました。
定年まで我慢して組織に人生を預け切る必要はありません。自分と家族の生活を守るための逃げ道を手元に用意しておくことこそが、裾野の広い公務員の世界で自分を見失わずに生きていくための、最も再現性の高い自衛策だと私は思っています。
子ども3人を育てながら、どのように支出を見直し、組織に依存しない資産の逃げ道を作ってきたかについては、プロフィールでも公開しています。


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